mame3zok雑記

i'm just a drummer. i'm just a rider. i love dogs. i love the greatest japanese rock band SPITZ!

『リベンジ』

 ある穏やかな午後、彼は久しぶりに仕事で母校を、一人訪れた。母校といっても小中高校ではない。大学でもない。浪人の時に通った某大手予備校である。エントランスに張り出された合格者名簿、溌剌とした制服の現役生、まじめそうな浪人生から、あんた受かる気あるの、と云いたくなるような、チャラチャラしたり、ヨタったような者まで取り混ぜ、十数年の時を超えた今も、予備校というところは一種独特な雰囲気の世界のままである。

 彼は卒業生であることを伏せたまま、何とか仕事を終えた。ほっとした。緊張が解れ、スーツ姿のまま校舎内を歩いてみた。授業が終わると戦争のようになったエレベーター。受け取ったばかりのスパゲッティーを床にぶちまけたランチルーム。質問に通い詰めた講師室。タレント級の先生に跪いてお茶を出してた事務員のお姐さんが、妙に艶めかしかったっけ。派閥抗争まで起こしそうになった自習室。場所取りだけして、近所のパチンコ屋やゲーセンに通っていた浪人仲間の懐かしい顔が彼の脳裏に浮かんだ。みんな今ごろどうしてるだろう。二浪三浪した奴等は皆、音信不通のままだ。

 ふと、彼は便意を催した。あの頃と同じように、授業があまり行われていない静かな階のトイレを選んで潜り込んだ。時として事態が緊迫していると、紙チェックを怠って酷い目に合う事が駆け出し外回り営業マンの頃にはあった。が、今や彼は数人の部下を持つ年齢である。その点には手抜かりはなかった。

 しゃがんでいても、さまざまな想い出が彼の脳裏に去来した。奥手だった彼が、この校舎のトイレで初めて、女性の禁断のポーズの載った雑誌を悪友に見せてもらったこと。あの後ショックで、英単語も年号も、ちっとも頭に入らなかったものであった。今思えば他愛の無いものである。ある悪友なぞは、見ず知らずのライバルが篭っている個室に「爆弾投下」と称して、予備のロールペーパーを上から投げ込んではダッシュで逃げ、素知らぬ顔で被害者の狼狽ぶりを楽しむ、という遊びをしていた。あの、ネズミ男顔の奴も、詰まらんことでフラストレーションを解消していたものだ。浪人生の友情なんて、所詮薄っぺらなものだったのかなぁ、受験なんて結局、受かれば天国、滑れば地獄、極限ともいえる重圧の下、友人だろうが他人だろうが、とにかく周りを蹴落とすサヴァイバル・ゲームなんだし、本物の友情なんて育ちにくいところなのかなぁ、などと考えつつ、束の間のプライべートなひとときを満喫した。

 さて、拭こうとして彼は指先に、ぐにゃりとした妙な感触を得た。ロールペーパーである。殆ど使われていない巻き紙に、わざわざたっぷりと水が含ませてあるのだ。

「やられた・・・」

 彼はつぶやき、苦笑した。中年にもなって、見知らぬ後輩のストレス解消のオモチャになってしまっていたのだ。良く見るとロールの裏側に、指でつまんだり引き千切ったりと、使えない紙を何としてでも使おうと格闘したした痕跡がある。その跡には茶色く異臭を放つ物体すら付着している。彼の前にもここでオモチャになり下がった者がいたのだ。そいつは被害者からその場で加害者へと豹変し、汚れていない側をセットし、見ず知らずの大先輩である彼を陥れ、今ごろ何処かで溜飲を下げているのだ。

 ごそごそとポケティッシュを探してみたが、こんな時に限って切らしてしまっている。トイレ内に人の気配がし始めたと思ったらチャイムが鳴った。次の講義がそばの教室で始まるらしい。隣りの個室にズボンを下げたまま移動するわけにもいかなくなってしまい、仕方なく彼は、先日の結婚記念日に家内から贈られたブランド物のハンカチを犠牲にすることとした。ウンガロのハンカチが、その名の通りになってしまったという。(食事中の方、特にカレーをお召し上がり中の方、ごめんなさい。)

(by ikuya23, on Sep. 16, 1999 加筆修正by mame3zok on Sep. 10, 2023 いやいや ホント我ながら余りの酷さに驚き 無理に面白くしようとしてるとこが痛い)