mame3zok雑記

i'm just a drummer. i'm just a rider. i love dogs. i love the greatest japanese rock band SPITZ!

『モテモテ・ビーチドッグ』

 梅雨の晴れ間の日曜の午後、吾輩は犬を連れて車で海へ出かけた。我が愚犬は生後五ヶ月の雄の仔犬である。仔犬と云っても、もう体重は二十キロ、鼻先から尻まで七十センチ、世間の小型成犬より充分大きいのだ。で、彼にとって初めての遠出、初めての海である。どんな反応をするか、楽しみである。オマケとして仕方なしに家内と娘たちも連れて行った。強力な要請があったのだ。彼女たちは自分たちがオマケである、という自覚がないが、吾輩にとって、あくまでも主役は犬である。

 そこは昔、名の有る白砂青松の海水浴場であったらしい。吾輩の住む政令地方都市にほど近いが、水は充分遊べるほど清い。海岸の沖が廃棄物最終処分場として埋め立てられ、橋が架けられ、その島の陸に面する側が人工砂浜の公園として綺麗に整備され、我等小市民の憩いの場に供されている。きらめく水面には色とりどりの帆が走り、砂浜やそれに続く芝の広場には、真夏と見紛うばかりのこれまた色とりどりの水着や夏服の若者たち、幼子を連れた家族等で結構賑わっている。それぞれ、甲羅干しをしたり、弁当を広げたり、ボール投げに興じたり、まだ少し冷たい波と戯れたり、と、思い思いに楽しんでいる。南の島のリゾートと見紛うばかりの大胆な水着の娘たちや、人目も憚らずラブシーンに耽ける若い男女もいるにはいるが、まあ、至極のどかな光景である。

 同行のオマケたちは到着するや否や、貝殻拾いや砂遊びに夢中である。犬の外出デヴューということでカメラ類を色々用意したにも関わらず、彼女たちは砂に這いつくばって、こちらには見向きもしない。そこで吾輩は犬と共に、波打ち際を散歩と洒落込むこととした。

 とたんに声を掛けられた。

 「すいませ~ん、ワンちゃん撫でさせてくださ~い!」

 健康そうなビキニ娘が二人、いきなり駆け寄り、もう愚犬を撫でている。吾輩は妻子ある中年オヤヂである。普段、若い女の子と会話を持つ機会なぞ、絶えて久しい日々を送っている。まして相手はビキニ娘である。吾輩の胸は高鳴った。犬はと云えば吾輩より先にもう、千切れんばかりに尾を振り、娘たちに愛想を振り撒いている。

 「わぁ~、おっとなしいんだぁ。かわい~。この犬、頭いいの?」

 吾輩が目の遣り場に困ってどぎまぎしてる間に咄嗟に聞かれ、しどろもどろしているうちに娘たちは去って行った。おい、おまえモテるんだなぁ、と云うと、犬は満更でもない顔をしている。歩いているとまた声を掛けられた。

 「あのぉ、犬、撫でてもいいですか?」

 ミニの清楚なワンピースを着た二十歳前後の女性である。吾輩の胸は再び高鳴った。犬はというと、尾だけで飽き足らず尻ごと振りたくり、飼い主の気持ちを率直に反映してしまっている。彼女は慣れた手つきで撫でながら、

 「私の家でもラブ、飼ってたんです。死んじゃったけど。この大きさだともう五ヶ月ぐらい?」

 ラブラドール・リトリーバーの事を巷では「ラブ」と称するのだ。愚犬も一応「ラブ」の端くれである。ラブ飼いでは先輩である彼女は、犬の名を尋ね、とりとめなく愛犬の想い出を語ってくれた。吾輩も普段の彼の粗相話しをいくつかした。犬はおのれの失態を暴露されて笑い者になっているにも関わらず、従順に目を細め、柔らかそうな娘の掌に為すがままにされていた。

 吾輩は「いい人モード」で彼女との会話を楽みつつ、若い頃を想い出していた。自分のガールフレンドが、この娘と同じぐらい瑞々しく、初々しく、生き生きとしていた頃があったのだ。何時の間にか、彼女の丸みを帯びた肩を抱き寄せ、素直な髪にキスすることを夢想していた。と、何時の間にか犬は犬で、これまた飼い主の気持ちを率直に反映し、顎を彼女のあらわになった膝の上に堂々と乗せてしまっている。彼の網膜には太腿の奥が映り、彼の鼻腔には・・・(あぁ書けません)。もう「オマエ、早くオレと替わってくれ!」と心の中で叫んでしまっていた。

 その後も、何度か声を掛けられた。潮風は心地良く、犬と共に水遊びをしながら、時折、色々な若い娘たちと言葉を交わす。最高の気分である。犬のお陰でもうモテモテ(死語)である。吾輩は、可愛い犬を連れたダンディーな紳士になった。

 「きゃー、かわいー! 噛まない? 触っていい?」 by女子高生風集団。

 「ほらぁ、わんちゃんよ、わんちゃん。」 by若き人妻 with子供。

 この人妻なんぞは、子供と共にかがみ込むものだから、Tシャツの胸元から膨らみが、吾輩の網膜にも丸映りである。

 と、犬の怯えたような表情の急変に、刺すような冷たい視線を感じた。家内である。目を三角にして、角が生えている。両手を腰に、休めの姿勢で、体重のかかっていないほうの爪先がトントンしている。モテモテモードは一瞬にして砕け散った。こいつのせいだよ、と犬を見やると、今や脱糞の真っ最中である。水遊びで腹が冷えたのか、砂上に緩めのを特盛りで製造している。冷たい視線が周辺から一斉に注がれ始めた。犬糞を溶かした海水や、犬糞をまぶした砂で無邪気に遊ぶ者など、誰もいないのだ。吾輩は、可愛い犬を連れたお洒落なオヂ様から、犬にクソさせ放置する非常識オヤヂになり下がったのだ。親子連れとカップルが緊急待避し始めた。吾輩は慌てて海草を拾い集め、特盛りを包み、はみ出した分は手でつまんで犬と共にレストハウスのトイレを借りに急いだのだった。

 その後、「無断若娘会話罪」と「公衆面前脱糞罪」の現行犯で、吾輩と犬は家内に逮捕され、我が家へと連行され、・・・(あぁ書けません)。

(by ikuya23, on June 29, 1999)