いよいよ来週には天命を知る日を迎えるにあたり、まだいつ死ぬと判ったわけではないのだが、自分がこの世を去る日は、たぶんどっかで既に決まっている。その時は既に自分が自分をどうにも出来ず、人の手を借りて葬り去ってもらわねばならないだろう。
そんなバタバタの時に暢気にこのブログの過去ログを漁ってくれる奇特な人もいないと思うが、今漠然と、こう葬ってもらいたいと言うイメージがあるので、とりあえず遺しておく。
- 仏式、いや、宗教式の葬儀は嫌!
死んだ親父の時にはお寺に大変お世話になったし、お袋も遅かれ早かれお世話にな予定なのだが、罰当たり!と言われても仕方ないが、自分はあの線香臭い足の痺れる陰気な仏式は嫌だ。知り合いのキリスト教式葬儀に参列したこともあるが、まだそっちの方がマシかなぁ、と思いつつ、結婚式みたいにクリスチャンでなくても教会員でなくても気楽に式を挙げてもらうことは困難。訳のわからない祭壇や蝋燭やお供え饅頭、お引き物などに無駄金かけるぐらいなら、どっか集会場みたいなところで簡素に、親戚と知人とで思い出話をしてくれるだけで充分。
- 通夜はスピッツ
身体がこの世にある最後の夜は、一晩中ずっとスピッツを聴いていたい。お経や聖句はよくわからんから要らない。死んだ脳には届かないかも知れないけど、焼かれる寸前までは鼓膜や皮膚をスピッツの楽曲で震わせていたい。
- 納棺
どうせ焼いちゃうんだけど、家族全員の写真、犬の写真、愛用のドラムスティックひと組と、スピッツの何かバンドスコア一冊、バイク用のグローブをひと組一緒に焼いて欲しい。あとは、型通りに献花、かな。
- 出棺
ぜひ「空も飛べるはず」でお願いします。
- 散骨
親父やお袋には申し訳ないけど、あの墓石の中には入りたくない。そこら辺の海に全部撒いて欲しい。どうしても手元に残したい人は適当に持っていてくれていいけど、基本的には全て海と大気に還りたい。
だれか身内にこのことをバラしとかなかんのかな。
嫁や娘たちの事を思うと、まだそう簡単に死ねないけど、ま、人生何があるかわからんでな。